夕焼けと母と子

結婚なんてしたくない。

子供なんて育てたくない。

 

そう思っていた高校生の私が

駅前のパン屋のテーブルにつきながら

窓外を見ていると、

手を繋いで歩く母子がいた。

 

母親はその小さな女の子を抱き上げ、

遠くを指差してみせている。

 

その日は夕日がとても綺麗だった。

 

きっと、きれいだね、という会話を

しているのだろう、などど考えながら、

私はその美しい母子から目が離せなかった。

 

なんて美しいんだろう。

なんて幸せそうなんだろう。

 

もし私にも子ができ、

夕日をきれいだと一緒にみる穏やかな時間を

過ごせるのだとしたら、

なんという幸福だろうか。

 

目の前のあんまりに美しい光景に、

今までの私の冷え切った価値観は

いとも簡単に解かされ、流れ去った。

 

幸せとはああいうものだと思った。

 

暖かい家庭を望まないのではない。

暖かい家庭を築く自信がないだけ。不安なだけ。

 

人を心から愛して愛されて、

穏やかに生きたいと泣き叫びたいほどに

願っているくせに

手に入らないことを恐れて、

初めから望もうともしなかった。

 

それは、そんなのは

間違っていたと、あの時教えられたのだ。

 

あの母子はいまどこで何をしているだろう。

今も変わらず、どうか幸せに過ごしていて欲しい。

 

顔も名前も知らない方、ありがとう。

 

人は時に、その後ろ姿で見知らぬ誰かに

影響を与えることがある。

 

それは私も例外ではない。

 

ただ生きているだけで誰かを救う、

そんな私になりたいと思った。